日本の紙幣のはじまりと呼ばれる「山田羽書」よりも先に、
おとなりの中国で紙幣は生まれました。

その名は「交子」といい、世界最古の紙幣と言われています。
古銭のジャンルのなかで最古のものになるので、
どういった歴史があるのか今回取り上げてみました。

誕生

中華人民共和国国旗
中国の当時「唐」の時代に堰坊とよばれるものがありました。

堰坊は銭、金、銀、布帛などを預かり、預かり手形を発行しており、
その発行された預かり手形は、現物と同じ価値をもつため、流通に一役をかっていました。

そのとき発行されていた預かり手形が交子だったのです。
ちなみに預かり手形には会子、関子もあり、発行するところを交子舗と呼びます。

メジャーとなるまでの軌跡

万里の長城
当時(五代十国時代)の中国では、商業が盛んで、
メインの貨幣である銅銭の流通が加速して銅銭不足が発生したそうです。

お金自体が少なくなってしまうなんて大変ですよね。

ということで、銅銭を大量生産するのですが、
実はそのころ銅の産出量が少なくて困っていたそうなのです。

そこで登場するのが鉄銭です。

ただ鉄銭は銅銭に比べて、非常に重くて持ち歩くのに大変不便だったそうなのです。

それはそうですよね。

重たい鉄をどこに行くでも持ち歩くなんて大変で、
買い物をしようと決意して出かけない限り持ち運びませんよね。

ですので、鉄銭の価値は暴落してしまったそうなのです。

そして、そこで登場したのが交子なのです。

人々は重くて不便な鉄銭を交子舗に預けて、
預かり手形である交子を発行してもらい使ったそうです。

発行数もそうして増え続けて、やがて政府公認となりました。
その後、民間の組合だった交子舗は、
事業に失敗し不渡りをだして倒産してしまいました。

これから政府が民間業者が参入できないように規制し、
自ら発行してそのころ手形から紙幣となったのです。

紙幣を発行するために必ず必要なものがあります。

それは紙と印刷技術です。

当時の中国では紙をつくる技術と、印刷する技術をもっていたのです。

とくに紙を作る技術は非常に重要度が高く、そのため海外への技術共有が遅れたとされています。

ちなみに紙を最初に作ったのは西暦105年ごろと言われており、
素材は樹皮、麻くず、魚網等を水につけこみ、溶かしたものをすいたもので蔡倫さんという人が発明者しました。