みなさん、歴史の授業を受けた時に日本最古のお金は“和同開珎”と教えてもらったのは覚えておりますか?

和同開珎は708年に日本で造られた最初に流通されたお金であると言われていました。

しかし、和同開珎より以前に使用されていたとされている貨幣が発見されたのです。

それが“富本銭”です。

“富本銭”の発行目的や発行枚数が明確にされておらず、

謎が多い古銭でのため研究者でもわからないことが沢山あるようです。

ここからは謎が多い富本銭にまつわるお話をご紹介していきます。

発見された経緯

発掘する手

1999年1月19日、奈良に位置する文化財研究所は、

奈良県の明日香村にある飛鳥池遺跡から発見された大量の「富本銭」を研究した結果、

日本の中で最も古い流通貨幣である可能性が極めて高いことが公になりました。

発見された富本銭からわかったことは、和同開珎を使用する以前の7世紀後半に造られたことでした。

今までは日本で最も古いお金が和同開珎とされておりましたが、

これが発見されたことでもっと昔から貨幣が使用されていたことが判明したのです。

使われていた時代

富本銭が流通されたとみられる時代は天武天皇12年(683年)推定されており、

厭勝銭というまじないでの為に使用されていた説と、

貨幣とし使用されていた説でわかれております。

大量に流通されていたのかは不明で謎が多い貨幣です。

名前の由来

中国唐にあった百科事典の「芸文類聚」に、

「富民之本、在於食貨」をもとに富本銭という名前が付けられたとされています。

その間に鋳造された貨幣は300~400億枚と言われており、

数多くの寛永通宝が流通していたことを再確認します。

「富民之本、在於食貨」とは、
“国民を富ませたければ食べ物と貨幣が必要である“
というような意味だそうです。

形や大きさ

直径平均は2.44㎝で厚さは1.5mm前後です。

中央に6mmの正方形の穴があり、重さは4.59gほどです。

同じ時代の唐の銅銭、開元通宝とほぼ同じ大きさと重さで造られていました。

富本銭の左右には七曜の星が配置されており、

中国の陰陽五行思想から由来されているという説があります。

大昔、中国では一切の万物は陰と陽の二つの気で生じていると信じられていて、

五行中、木・火は陽に属し、金・水は陰に属し、土はその中間に位置しているという考えで、

これらの消長によって天地の災いや、人の吉凶等を説明しており、日本でも易学に取り入れているほど影響されていました。

謎に包まれている為、調べれば調べるほど興味が湧いてきますよね。