いま30代から40代の方は子供のころに、徳川埋蔵金発掘プロジェクトをテレビでみたことがあるのではないでしょうか。
今回はその徳川埋蔵金を掘り下げていきます。

徳川埋蔵金伝説のはじまり

徳川家康の銅像
伝説のはじまりは1868年に無血開城となった江戸城から、
金銭・金貨といった財宝が金蔵からスッカラカンになくなっていたことから始まりました。

当時財政難だった明治政府にとっては、幕府のお宝を頼みの綱に考えていたというのに、
金蔵が空になっていたので、「これはきっとどこかに隠したのではないか」と疑念をいだき、
徳川埋蔵金探しにやっきになったと言われています。

ただ、これにはいろいろな説があり明治新政府はとにかく財政難であって、
埋蔵金を掘り当てる資金なんて持ち合わせていなかったはずだから、
埋蔵金の存在自体ウソなのではないかと言われています。

いずれにしても幕府の財宝はどこかに消えているので、
埋蔵金自体を否定しているわけではないのかもしれませんが、
このように埋蔵金に関しては色々な説が錯綜しています。

ちなみに埋蔵金の隠し場所として最初言われていたのが、
赤城山
で、この話にも色々な説があります。

例えば大政奉還のとき勘定奉行だった小栗忠順が赤城山中に入っていくのを見た人がいるとか、
幕府の未来を不安に感じた井伊直弼が赤城山に埋蔵することを計画していいたとか、
昔も今とかわらず色々な噂が流れるものですね。

埋蔵金がもしみつかったら所有権はどうなるのか?

徳川埋蔵金がもし見つかった場合、
その所有権はだれのものになるのか気になるところですが、
世間ではこんな予想がされています。

まず、そもそも徳川埋蔵金は文化財産であるため、
仮に埋蔵金が発掘された場合、
文化財保護法57条2の定めにより文化庁に届け出をしなければなりません。

さらに届け出後、発掘者は許可がでなければ埋蔵金に触れることさえ禁止され、
大政奉還で幕府の財産は当時の明治政府にすべて譲渡された流れを継承し、
埋蔵金の所有権は政府がもつと言われております。

夢がないと思われるかもしれませんが、そんなこともありません。
予想では仮に政府の所有権が認定されても遺失物法の定めにより、
発掘者に埋蔵金の5パーセントから20パーセントの報労金が支払われるとされています。


徳川埋蔵金の現在の価値は200兆円とも言われているので、
その5パーセントでも10兆円もらえるのですからやっぱり埋蔵金はビッグドリームですよね。